実は、この2つは大人同士で悩みや愚痴を聞いたり相談を受けたりするときにも、とても大事なものなのです。
こういうとき、人は、「困ったね」と共感してもらいながら、「だいじょうぶだよ」と安心させてもらいたいものなのです。
「困ったね」がなくて「だいじょうぶだよ」ばかり言われると、自分の苦しみが分かってもらえてないと感じてしまいます。
反対に、「だいじょうぶだよ」がなくて「困ったね」ばかり言われると、不安な気持ちから抜け出せません。
だから、一見矛盾するように見える2つのことが両方必要なのです。
キーワードは、受容、共感、安心です。
私が書いている「教えて! 親野先生」という教育相談の回答も、だいたいこのようになっているはずです。
そこでは、具体策の提案も大切なので、「受容、共感、提案、安心」になっていると思います。
ところで、その歯医者に行った数日後に、私は自分の母親の付き添いえ総合病院に行きました。
その待合室で、ある母子を見ました。
もうかなり長い時間待っているようで、子どもはもう待ちくたびれていました。
「もう帰ろうよ~」
「帰ったら診てもらえないでしょ」
「帰ろうよ~」
「そんなこと言わないの」
「もう疲れちゃったよ」
「何度言ったら分かるの!混んでるんだからしょうがないでしょ」
「お腹空いちゃったもん」
「もう!しっかりしてよ。困らせないの!」
「もう帰りたい!!」
「わがまま言うんじゃありません!!」
子どもは、自分がどんなに帰りたいと思っているかお母さんに分かってもらえていないと感じています。
それで、分かってもらえるようによけいにぐずるのです。
こういう会話が続いた後、その子は待合室の長椅子の上に寝そべって、お母さんに大目玉をもらいました。
このようなときも、お母さんが子どもの待ちくたびれた気持ちを受け入れて共感して、さらに安心させてやることが大切です。
でも、実際に帰ることはできないのです。
これを、私は、「イエス、イエス、バット」と呼んでいます。
「イエス、イエス」と受容共感しつつ、「バット(しかし)」できないこともあるのです。
「もう帰ろうよ~」
「本当に、帰りたいよね~」
「もう疲れちゃったよ」
「そうだよね。お母さんも待ちくたびれちゃったよ」
「お腹空いちゃったよ~」
「そうだね~。お母さんもお腹ぺこぺこだよ。早く呼ばないかね~」
「早く呼んで欲しいね」
「待ってる人が少なくなってきたから、きっともうすぐだよ。終わったらすぐおいしいもの食べようね」
「すぐ食べたいね」
このようになって、叱る必要などなくなるのです。
絶対このようになります。
子どもの気持ちを受け入れて共感して安心させてやれば、子どもは気持ちが満たされて素直になれるからです。
多くの親は、「気持ちを受け入れていたらわがままになる」と考えているようです。
それで、先ほどの2人のお母さんのように対応しているのです。
でも、実際はその反対で、「気持ちを受け入れてもらえないからわがままになる」というのが本当のところなのです。 |