知識の杭がほとんどない子が、「机に向かって勉強しなさい」とか「ちゃんと教科書を読んで勉強しなさい」と言われても、そうそうやる気になどなるはずがありません。
そういうわが子を見て、親は「なんでこの子は勉強しないんだろう?」「どうしたら勉強するようになるんだろう?」「テストでいい点を取るにはどうしたらいいのか?」と考えるようになります。
このとき、多くの親は手っ取り早い効果を求めて小手先の手段に出ます。
よくあるのが、テストで100点取ったら100円あげるという方法です。
つまり、馬の目の前にニンジンをぶら下げるのと同じです。
でも、このような小手先のことではいい効果を上げることはできません。
このようなやり方では、勉強自体の面白さを味わわせてやることは決してできません。
本当に勉強を好きにさせてやることはできないのです。
そればかりか、ニンジンで釣るのは長い目で見て百害あって一利なしです。
まず誰かにニンジンを用意してもらわなければ、勉強しないようになります。
でも、誰がその子にずっとニンジンを用意できるのでしょうか?
誰もニンジンを用意してくれないとき、その子はどうなるのでしょうか?
それに、このようなことを続けていると、それが習い性になります。
つまり、勉強以外でも嫌なことはニンジンがないとやらないということになりやすいのです。
実際に、私は、「○○したら何くれる?」というのが口癖になっている子を何人か受け持ったことがあります。
それに、もし人生において勉強自体の楽しさを知ることなくずっと過ごすということになれば、これほど寂しいことはありません。
なぜなら、勉強ほど楽しいことはないからです。
ということで、私は、密かに疑っています。
「テストで100点取ったら100円あげる」という方法を取る人は、自分自身がその楽しさを味わったことがないのではないかと。
何事においてもそうですが、特に学力向上という長期的な取り組みが必要なものにおいては、王道を行くことがとても大事です。
勉強や学力というものの本質に立ち返り、その王道を進むことが大事です。
つまり、勉強の面白さを知って、自分の内発的動機付けで勉強できるようにしてやることです。
親は、この根本的なところでこそ努力するべきです。
手っ取り早い小手先の手段は通用しないのです。
親は、まずそのことに気づくべきです。
10年間王道を歩んだ場合と、10年間小手先のあれこれに終始した場合とでは、大きな違いが出てきます。
ところで、先ほど、私は、次のように言いました。
「このような知識の杭をたくさん持っている子は、必ず勉強が好きになります。
そうなれば、自分から進んで勉強するようになります。
しかも、学生のときだけでなく、一生涯に渡って自分から進んでいろいろな勉強をするようになるのです。
これが勉強を好きにさせる王道です。」
私は、このような自分の知識の杭をもとに勉強することが本当に大切だと思います。
もちろん、こういう知識の杭がなくても、まじめで勤勉な子は勉強するかも知れません。
親に言われたことを素直に受け入れる子や親を喜ばせたい子も、勉強するかも知れません。
教科書や問題集を使い、机に向かっていわゆる「勉強」をするでしょう。
それでいい成績を取り、いい学校に行き、いい会社に入るかも知れません。
でも、はっきり言って、そういう勉強ばかりしてきた人は面白味に欠けることもあるのです。
なぜかというと、教科書や問題集に出てくる種類の知識は十分すぎるほど身につけているけど、知識の種類に個性がないからです。
つまり、知識が一般的でオーソドックスで平均的なのです。
(次回に続く) |